歌詞解説のLyricsonic リリックソニック

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子ども時代 "In My Life" The Beatles

There are places I remember 想い出す場所がいくつかある

 

ジョンの、弱冠二十五歳の時の歌。この素晴らしい歌を聴きながら、今回は彼らの子ども時代を振り返ろう。

 

彼らの子ども時代。一番最初に生まれたのはリンゴ。リンゴの親も三歳のときに離婚し、彼は母と貧しく育った。15歳から鉄道や遊覧船で働き、その後機械工の見習いをしながら、ロックに夢中になった。やがてドラマーとして、街で注目をされるようになり、デビュー直前にメンバーにとスカウトされる。

ジョンの幼少期、別れる父と母の間で泣いたこともあったろう。母ジュリアの妹ミミは情愛深い人で、引き取ったジョンにありったけの愛を注いだ。腕白だった彼に、通販でギターも買い与えた。

中学ぐらいから近くに住む母の家に通い、彼女にバンジョーのコードを教わって、ギターを弾けるようになった。

ポールとジョージが他の二人より2歳若い。(正確にはポール6月、ジョージ翌年の二月末の生まれ。日本なら同学年、あっちだとジョージは一学年下になる。)

ポールは二人兄弟のお兄さん。お母さんは助産婦だった。面倒見のいい優しい性格は母ゆずりなんだろう。しかし14才で優しい母を失くす。それでジョンと気が合った。

成績がよく街一番の学校へバス通学。そこで不良の格好をしたジョージと出会う。兄のギターを奪ってまで熱心に練習していたのがジョージ。二人はギターの腕前を競い合う仲になる。

 

ジョンが始めたバンドに、まずポール、ついでジョージが加わる。もうひとり、ジョンの美術学校友達、スチュワート・サトクリフを強引にジョンがベースにしたが、下手でライブ中ポールが電源を抜いてしまうこともあった。

スチュは21歳で亡くなってしまう(映画「バック・ビート」)。ジョンの母ジュリアが、17歳の夏、ジョンが家で待っている時に、交通事故で亡くなったのは前にも書いた。そうしたことが、以下の歌詞にも反映されているようだ。

 

There are places I remember 想い出す場所がいくつかある
All my life though some have changed これまでの人生で いくつかは変わったけれど
Some forever not for better いくつかは同じで 良くもならない
Some have gone and some remain 行ってしまったもの 残ったもの
All these places have their moments これらの場所にはそれぞれの思い出がある
With lovers and friends I still can recall 恋人や友達 みんな覚えている
Some are dead and some are living 死んだ奴もいるし生きている奴もいる
In my life I've loved them all 僕の生涯を通じ彼らみんなを愛するよ

But of all these friends and lovers でもすべての友や恋人と比べても
There is no one compares with you 君にかなう者はいない
And these memories lose their meaning こんな記憶も意味を失う
When I think of love as something new ま新しい 君への愛を思うと
Though I know I'll never lose affection 記憶の彼らや物たちに
For people and things that went before 愛情を失うことはないと知っているけど
I know I'll often stop and think about them 彼らや街のことを たまには立ち止まって想い出すだろうけど
In my life I love you more それ以上に今日からは君を愛するよ

 

早く結婚した妻、シンシアへ捧げた歌だ。

ミミおばさんやシンシア、友人に愛され、既に成熟して大人になった風格がある。

和久井版「ビートルズ」によると、いつも番長はジョンで、強いリーダーだった。

(動画中盤、ジョンの家、ポールの家。その後ライブハウス”キャバーン”。)

イン・マイ・ライフ

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ラバー・ソウル

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とても詳しくよくまとまった本。